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ご挨拶

当社は1950(昭和25)年、シャープ株式会社創業者 早川徳次翁の信念のもと、障がい者の社会経済活動への参加と雇用促進を目的として創業いたしました。
以来、日本で最初の特例子会社として、電子部品の組立、金属加工を中心に逐次事業内容を拡大しながら障がい者への雇用の場を提供して参りました。
シャープ株式会社の事業内容拡大の歴史とともに歩みつつ、現在では最先端のデジタル機器(大型液晶ディスプレイ、電子デバイス、複合機の定着ユニット)等の精密部品の補修・加工・修理を行っています。
当社は「自ら思考し、行動する」よう、健常者及び障がい者の双方とも自立心を養うとともに、障がい者の新たな職能開発を進め、障がい者が社会参画し、適所で業務を遂行する社会人へ育成することを念頭に致しております。又、「健康で明るく働きやすい職場」づくりを目指し、環境にも配慮した運営に努めております。
私たち社員一同は、皆様の温かいご厚情に感謝し、障がい者の新たな職能域開拓に全員が一致協力し取り組み、社会への貢献に寄与したいと思料致しております。
変動著しいグローバル経済状況をふまえ、企業の社会的責任を果たすべく一層の取り組みを進めて参ります。
今後ともご指導ご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

代表取締役社長  早川 良次

会社概要

当社は、1977(昭和52)年に日本で初めて認定された第1号の特例子会社です。



社名シャープ特選工業株式会社
本社所在地大阪府大阪市阿倍野区阪南町7丁目9番12号
電話番号(06)6694-3111
設立1950(昭和25)年
代表取締役社長早川 良次(はやかわ よしつぐ)
資本金1,000万円
従業員数101名(障がい者60名) 2019年4月1日現在


「障がい者の雇用の促進等に関する法律(1976年制定)」に定義されている、障がい者の雇用に特別の配慮をした子会社。資本や役員の構成、障がい者雇用率など一定要件を満たす場合、特例として、その子会社で雇用される労働者を親会社が雇用しているとみなして雇用率を算定できる。

2019年4月1日現在雇用ポイント 85

企業方針




《シャープ 経営理念・経営信条》

《シャープ特選工業株式会社 経営方針》

①障がい者の就労の場を確保し、長く就労できる環境をつくるため、経営理念・経営信条に基づく判断・行動で、健全な経営を行う。

②障がい種別の異なる者同士が助け合い健常者もそれに参画した協同する仕組みを作りを継続する(共生の理念)。

③「自助自立」に向けて、個々の障がい者も、健常者も、仕事へのプロ精神を忘れず、日々能力開発に取り組む。

④キャリア教育支援活動を通じ、一人でも多くの障がい者が就労できるよう支援する。

⑤社外の障がい者や支援者との連携を強めて、障がい者が安心して住みよいと感じる地域社会の仕組み作りに参画する。

沿革

障がい者雇用の会社設立の背景と歩み




早川創業者は、不幸な幼少時代に盲目の老女に年季奉公の道を拓いてもらったことが、後の事業と人生を築く礎となった。その盲人への感謝の思いを持ち続け、その恩に報いるために、太平洋戦争で失明した軍人が働く場として、早川電機工業(現シャープ株式会社)の下に「早川分工場」を設置した。これが現在の「シャープ特選工業」の前身となった。
1950(昭和25年)、合資会社「特選金属工場」設立 ※身体障害者雇用促進法制定の10年前


早川創業者は、「何かを施す慈善より、障がい者自身で仕事をし、自助自立出来る環境を作る事が福祉に繋がる」という信念のもと、失明した軍人が働くプレス加工工場を独立させ当初経営にあたった者の8人が視覚障がい者たちであった。

その後、1963(昭和38)年に「合資会社 早川特選金属工場」に改名、1977(昭和52)年にシャープ株式会社の「特例子会社」認定され、1982(昭和57)年に現在の社名「シャープ特選工業株式会社」に改名


《特選の物語》



《シャープ特選工業の歩み》


  • ■ 1950年 合資会社「特選金属工場」設立
  • ■ 1952年 テレビ用部品組立開始
  • ■ 1954年 高松宮殿下、同妃殿下のご視察
  • 創立当時の職場風景 高松宮殿下ご見学風景
    創立当時の職場風景高松宮殿下ご見学風景

  • ■ 1955年
  • ■ 1958年 ソケットヒューズホルダー、指針装置生産開始

  • ■ 1960年 身体障がい者適応訓練指定工場となる
  • ■ 1962年 中間周波数トランス生産開始
  • ■ 1963年 合資会社「早川特選金属工場」に改称
  • 1963年頃の社屋
    1963年頃の社屋

  • ■ 1965年
  • ■ 1967年 電子計算機基板生産開始
  • ■ 1968年 労働大臣感謝状受賞
  • 労働大臣感謝状受賞
    労働大臣感謝状受賞

  • ■ 1970年 創立20周年 式典開催
  • ■ 1972年 電子レンジ操作パネル生産開始
            電卓用プリント基板の生産開始
  • 創立20周年 電子レンジ操作用パネル 電卓用プリント基板
    創立20周年 式典電子レンジ操作用パネル電卓用プリント基板

  • ■ 1975年
  • ■ 1977年 日本の特例子会社第一号認定

  • ■ 1980年
  • ■ 1981年 身障者モデル工場 内閣総理大臣賞受賞
              リモコン送信機完成品生産開始
              現住所の新社屋を建設
  • ■ 1982年「シャープ特選工業株式会社」に社名変更
  • 内閣総理大臣賞受賞 リモコン送信機
    内閣総理大臣賞受賞リモコン送信機

  • ■ 1985年
  • ■ 1989年 身障者雇用促進論文 労働大臣賞受賞
  • 労働大臣賞受賞
    労働大臣賞受賞

  • ■ 1990年 創立40周年 記念誌発行
  • ■ 1993年 DBSチューナー生産開始
  • 創立40周年記念誌発行 DBSチューナー
    創立40周年記念誌発行DBSチューナー

  • ■ 1995年
  • ■ 1996年 特例子会社で初めて ISO9002取得「DBSチューナー」
  • ■ 1996年 7月10日付け 日経産業新聞に掲載される

  • ■ 2000年 液晶用バックライト加工開始
  • ■ 2001年 レーザーチップ加工開始
  • バックライトユニット レーザーチップ
    バックライトユニットレーザーチップ

  • ■ 2005年 ISO9002取得「レーザチップ」
  • ■ 2006年 新規印刷設備導入による業容の拡大
  • ■ 2007年 ホームページ開設
  • ■ 2008年 大阪ハートフル企業顕彰制度「ランプともしび大賞」受賞
  • ■ 2009年 障がい者雇用優良企業表彰
  • ランプともしび大賞 レーザチップISO9002取得
    ランプともしび大賞レーザチップ
    ISO9002取得

  • ■ 2010年 創立60周年 社内報創刊
            冷蔵庫コンプレッサー用組品生産開始
            サービスパーツ パッキング業務開始
  • ■ 2011年 大阪府雇用開発協会「永年勤続障害者」表彰
            大阪商工会議所「年度優秀従業員」表彰
  • ■ 2012年 アビリンピック おおさか2012「ビルクリーニング部門」金賞受賞
            キャリア教育支援活動「出前授業」開始
  • ■ 2013年 大阪ハートフル企業顕彰制度「ハートフル企業教育貢献賞」受賞
            NHK大阪放送局「社会的課題である障がい者雇用」についてテレビ取材
  • ■ 2014年 精神障害者等雇用促進モデル事業 受託
  • サービスパーツパッキング
    サービスパーツパッキング
    NHKテレビ取材
    NHKテレビ取材

  • ■ 2015年
  • ■ 2017年 アビリンピックおおさか2017
         「DTP部門」金賞受賞
  • アビリンピック金賞受賞 アビリンピック金賞受賞作品
    アビリンピック金賞受賞アビリンピック金賞受賞作品
    事業内容

    生産・修理サービス系や事務・業務サービス系と多岐にわたる業務で、様々な障がいのある人が就労しながら、職域開拓にも取り組んでいます。


    職場環境

    当社は歴史ある障がい者雇用の知見を活かし、障がい者のみならず、健常者も含めた共生と工夫に取り組み、職場の合理的配慮について、以下のように考え、実施しています。


    1. 現実的に実現可能な「物理的な配慮」の提供
    2. 労務管理者への配慮・教育や外部連携を含めた「丁寧な労務管理による配慮」の提供
    3. 「相互理解に基づく配慮」の提供
      (理解されている安心感と能力発揮で自信につながる環境の提供)
    4. 誇りを持って働ける「自分がすべき仕事がある職場環境」の提供

    品質と生産性の向上を目指すやりがいのある業務を障がい者と健常者が共に、適材適所で各業務に携わっています。


    当社の障がい者に対する合理的配慮の一例

    共通

    〔対応〕
    • 有給休暇を半日有給として利用可能
    • 企業在籍型職場適応援助の配置
    • サポーターによる見守り体制の構築
    • 総務課による部門横断的フォロー
    • 産業カウンセラーによるカウンセリング
    • 担当者毎の指揮系統・指示方法の明確化
    〔目的〕
    • 通院への配慮、急な心身面の不良による
      通院など、相談体制

    聴覚障がい

    〔対応〕
    • 朝礼、研修、会議の時に手話通訳
    • 全体朝礼時、パワーポイント表示
    • 非常時パトライト
    • 外部建屋の清掃作業者制服に聴覚障がい者と
      わかる「耳マーク」ワッペン取り付け
    • 聴覚障がい者によるワンポイント手話勉強会
      実施
    〔目的〕
    • コミュニケーション

    下肢障がい

    〔対応〕
    • 車通勤者への駐車場の賃借料負担
    • 車椅子用トイレの設置
    • 出勤時、退勤時、昼休みに玄関扉を解放
    • 操作パネル角度調整機能付コピー機
    • 救助用車椅子を準備
    〔目的〕
    • 車椅子障がい者への配慮

    内部障がい

    〔対応〕
    • 常勤時間での勤務

    知的障がい

    〔対応〕
    • ハカリを使用した、冊子、用紙の枚数確認
    • 自動テープカッターの使用

    精神障がい

    〔対応〕
    • サポーターの見守り及び上長、支援者面談
    • 就労定着支援システムを利用した
      日々の状況管理
    • 会合への参加免除
    • それぞれの状況に応じた業務上の配慮
      (業務調整や電話対応など)
    〔目的〕
    • 出勤の安定化、定着、メンタル面で不調が発生しない為の配慮

    早川徳次
    物語

    それは、目の不自由な一人のおばあさんとの出会いから始まりました。




    シャープ株式会社の創業者「早川徳次」の生涯を通じてのさまざまな方々との出会い、そして、その出会いから生まれた志について紹介しています。ぜひ、ご一読下さい。

    写真と音でつづる 創業者「早川徳次物語」
    (シャープ株式会社 ホームページへリンク)

    創業者の
    障がい者雇用へ
    対する想い

     シャープ株式会社の障がい者雇用のはじまりは、第2次世界大戦終戦前の1944(昭和19)年に早川創業者がシャープ(当時:早川電機工業)に戦争で失明した軍人を雇用し、盲人用金属プレス加工ラインを設置したことからです。

     その後1950(昭和25)年に、当金属プレス加工ラインを独立させ、現在のシャープ特選工業(当時:合資会社 特選金属工場)を設立しました。この早川創業者の取り組みは、画期的な試みであり、日本における障がい者雇用の先駆者となっています。
     当時から早川創業者は、「障がい者自らが、自助自立をして働ける職場環境つくる」ということを使命としてこられました。
     その考え方は70年近く経った今でも障がい者雇用の在り方として普遍的であり、当社に引き継がれています。そして、障がい者と健常者が共に働く職場作りの礎となっています。

     その早川創業者の考え方、強い想いを表した文章が残されています。
     それは、創業者 早川徳次が初代会長を務めた「大阪府身体障害者雇用促進協会(1949年発足/現:一般社団法人 大阪府雇用開発協会)発行のH.E.C創刊号(1950年・昭和25年発刊)に創刊の挨拶として掲載されたものです。

     その内容を全文、下記にご紹介しますので、ぜひ、御一読ください。







    創刊の挨拶


    大阪府身体障害者雇用促進協議会
    会長 早川 徳次

     長い間の懸案であった、身体障害者雇用促進協議会の会報がいよいよ創刊されるに至ったことは、不肖会長の職に選ばれた身にとって、こんな嬉しいことはない。

     この運動が軌道に乗り、更に本格的な段階に入る迄に払われた関係者各位の熱情に、まず深甚なる感謝を捧げたい。当会の名誉顧問として、欣然承諾を与えられた、赤間知事殿を始め、関係部課長の熱意と、或いは経済的援助に非常な同情を寄せられた府会の諸名士は申す迄もなく、多忙の中からひたすらこの事業の協力に砕心される職業安定課の方々、各安定所長、補導所長の御理解に対しては、常に感謝を新たにしている。

     明日の社会を明朗化するために前進する、平和と愛情の運動が成功する為には、官民協力の唯一路あるのみと、益々痛感するところである。

     誰も彼も、人間は幸福でありたい。幸福の限界が、よしその環境によって異なるとしても、喜怒哀楽の条件は、一つであろうと信じている。

     働き得る喜び、自由なき怒り、健康を失った哀しみ、家庭団らんの楽しさ等、人間生活の根底を流れるせんせんたる波動こそ、幸不幸バロメーターである。

     対座した青年に「あなたは幸福ですか?」と問うて見る。「ハイ元気で働いています。」と、すぐ答えが反応してきたら、こちらもどんなに幸せであろう。油染みた手の甲、真黒なほう髪、几帳面に揃えた膝頭もすり切れているが、なんとその顔は希望に輝いていることか。勤労の喜びが、職持つ安定感が、脈々として溢れるばかりである。

     私は思う。誰も彼も幸せであるためには、誰も彼も適職を持つということである。

     だがここに、身も心も健康ではあるが、局部的障害の為に職を持つことの出来ない一群の人々がある。この人達に、何の罪がある訳はなく、能力に常人との差異がある為でもない、ただ、世間の大部分から、差異があると信じられ誤解を受けている、気の毒な人々である。

     なんの罪もないこの人達だけが、適業を持つ自由を喪失して、幸福の世界から置き去りにされて好い筈がない。

     我々企業者の仲間にも、そう信じている多くの人々がある。少しの注意と断を以ってすれば、ここに潜在する優秀なる労働力が直ちに発見出来る。それは企業者としても嬉しい発見であり、事業に志す者の社会的責任でもある。

     私が、これに気付く機会を得、僅かながらも、体験を重ね得たことについては、神々に深く感謝している。それは、すなわち与えられた自分の天職の中から、相互救済の両立を、工夫出来たからである。

     勿論、これ等のことを受け入れるには、多少の勇気と工夫が入用である。

     私の工場では、最初八人の戦盲者を雇用する機会を持った。プレス作業である。

    全然視界の絶えたこれ等の人々を、仕事と環境に慣れさせるために、私は、技術者と相談して色々の設備を改造した。

     まず、動力の一切を取り去り、足踏み又は手動ポンスに変え、檜造りの立派な仕事台を造り、これを固定して椅子や引き出しに細心の注意を払った。何よりも不測な怪我をしない為に安全装置を取付けた。他の従業員と速歩の喰い違いを避けるため、専用道路を作ったり、あらゆるものに点字を応用してこの人達の利便に供し、或いは精密な部品の感度を検査するための特別な音響測定器を考案した。

     神は二物を与えず、というが、人間が生きて行く上に必要な条件と、これを充足する反射感能は、常に一であるらしい。始めは私にも、一沫の不安が伴ったが、間もなくそれが杞憂であったことは証明された。この人達は異常な熱心さを以って、局部的不自由を補い新しい職業をたちまち自分達のものにした。むしろ能率は、常人を遥かに凌ぎ120%を超えてそれを維持しているものがあるという、不思議な現象を呈した。

     無理に誇張されているのではないだろうか、と反問される方々のために、以下少し、御説明をしてみよう。

     皆さんも御存知の様に、片手を失った方は、一方の片手が異常な発達を遂げて不自由を克服してくれる。失明された人にとっては、勝れた心眼が開け、指頭感覚が発達するのである。俗に「眼にも見えぬ仕事」と言われている細かいものを作る指頭作業においては、精神力の集結と、指頭の敏感な働きを必要とするため、開眼者よりも失明者の方が有利である。仕事以外に気が散らないともいえる。それに肉眼を補う皮膚の触覚が発達してくる。全盲の一人で私の工場の優秀労働者である、山本君は、入社当時は盲導犬を連れて歩いていたが、先年この愛犬を盗まれてしまい、全く途方に暮れてしまった。しかし彼は、長い間街を一人歩きした経験から、遂に先天的の失明者のように、杖一本で勇敢にどこへでも出て行く。皮膚感覚が発達してきたのである。曲がり角へ来ると風が方向を教えてくれる。勿論聴覚も正しく、騒音の中身を色別するのであろう。

     人生50年、我々はとにかく、無頓着に過ごして来るために、山河の起伏を見ながらしかも足元の高低を知らない。だが、失明された人々にとっては、一日の行程がことごとく注意の対象である。此処にも研究すべき一事がある。

     盲唖聾の三重苦を征服した、ヘレン・ケラー女史も、偉大であったが、私の側近に居る人々の中にも、失明と、片足大腿部切断の戦傷者や、片腕のない失明者が居る。

     最近、私が雑役の仕事に雇った、西川君という人は、震災で、左腕を負傷切断しているが、残った一本の腕で想像出来ない様な力技をやる。薪を割り、鋸を使い、炭を焼き、全く何不自由なく裕に二人分の仕事をやっていく。

     聾唖者の時山君は、倉庫の整理をやっているが、これまた、もっとも適応した能率を示し、文字通り黙々としてやっている、非常な力持ちである事も、雑役の西川君に匹敵する。

     これ等の人々は、いずれも当社の寮内に居住していて、妻帯者である。収入も、平均ベースを遥かに上回って、まあどうやら、経済不安の除外にあると思っている。

     この会の、副会長をやって居られる、大阪ダイヤモンドでも、沢山の聾唖者を使って居られるし、宮川製作所でも既に、この経験を積まれておられるが、いずれも、優秀なる労働力であることを証明されている。その他に、従来の会員は概ね経験を有しておられるのであるが、この運動を成功せしめるには、更に更に、沢山の共鳴者を得てあらゆる事業家の御理解を求めねばならない。

     国立、都立、府県立の補導所も全国に数多くあり、先日来、私も東京杉並の補導所や堺旭ヶ丘、それに守口の補導所等を行脚して見学させて貰ったが、所員の火の様な情熱によって、幾百千の障害者達が不幸のどん底から起ち上がっている姿は嬉しい限りである。ただ国立においては予算の関係からか、施設の貧困には、いささか失望を禁じ得ない。国家の台所が反映したような、うすら寒い施設の中で、如何に神の如き所員の熱意をもってしても、果たして立派な補導が可能であるか、国立なるが故に、いわゆる申し訳的であってはならないと、しみじみ苦言を呈したいところである。

     能力に差異がなくとも、一カ所でも不自由なところがある人々には、より明るさが必要である。

     私のところの特選工場では(これも、失明工場という名称を廃止したのは差別感を与えないためである)天井から壁まで明色を用い作業場には花を活け、専用道路には、ささやかながら花壇を作っている。

     失明者は、自分の組み立てたラジオを聴き、短歌を作り、駄句をひねって朗かである。能率の向上もこの精神状態において可能である。

     既に常人が100%であれば、身体障害者は120%の能率を上げ得るよう指導すべきであり、「私の処ではこの様な特徴を補導した」というレッテルをはって、ここに一般企業者の魅力を誘い理解を深めるべきである。絶対に常人に劣らない、否それ以上の高能率を上げ得る可能性は充分にあるのだ。この点は、補導所を始め、各指導者の方に御願いしたい。

     適性に対する受入設備が研究されれば、必ず不思議に近いこの状態は実現するということを、私は主張する。そして、「健康で五官に故障のない方でも、この時節に雇い難い…」と言うことは、まず間違った理論であることを、企業家の各位に呼びかけたい。

     ことに労働問題の次第にむずかしい時代に、身体障害者雇用の問題は多くの示唆を提供するであろう。

     この運動こそ、社会福祉と人類平和のために、国境を越えて掲げられる光明であると信じ、国民一人残らず名誉ある会員になられることを提唱して、御挨拶に代える。

    1950年2月25日

    アクセス




    <本社>


    住所: 〒545-0021 大阪府大阪市阿倍野区阪南町7丁目9番12号
    交通機関: JR阪和線「鶴ケ丘駅」から徒歩約7分
    : 大阪メトロ御堂筋線「西田辺駅」から徒歩約12分
    TEL: 06-6694-3111(代表)
    FAX: 06-6694-3113


    <八尾事業所>


    住所: 〒581-8585 大阪府八尾市北亀井町3丁目1番72号
      (シャープ株式会社 八尾事業所東ゾーン内)
    交通機関: JR大和路線「久宝寺駅」から徒歩約15分
    TEL: 06-6796-1577 / 06-6796-1579(第3生産課)